風雅乃絵姿~時代衣装変身体験と女一人旅~

時代衣装、平安装束の変身体験の魅力と女一人旅の魅力を紹介しています。

MENU

オプショナルツアー、竹富島での自由散策・前編。2025年12月の沖縄県への旅行(その22)

新着記事

冬季休暇の旅行は原則的にはおひとり様での旅行に出掛けていますが、奇数年の年末であると言う事で偶数年の年末のように派手に散財する事は出来ませんでしたので予算がある程度決められている状態での旅行になりました。おひとり様での旅行であるだけに候補地は国内も海外も選択肢として色々ありましたが、国内であるのなら南国リゾートに出掛けたいと思って複数の候補地から航空券を探す事にしました。

往路と復路の航空券の料金の面で丁度良かったのが2025年12月25日の出発で12月29日の帰着でしたので日程の面では4泊5日の旅程の内容になりましたが、南国リゾートでも前々から興味のある石垣島と八重山諸島に出掛ける事にしました。

現地では複数のツアーの参加しましたが、石垣島や八重山諸島への旅行としては王道であろう西表島や竹富島、石垣島の主な観光スポットを巡るツアーバスを選んで玉取崎展望台やシーサー農園や川平公園と言った王道的な観光スポットを巡る内容にしました。公共交通機関での訪問が難しい場所にも出掛ける形の物になりましたが、石垣島に行く事は初めてでしたので王道的な観光を意識した内容の物で旅程を組む事にしました。

4泊5日での1年に1度出掛けるかどうかの規模の大きな旅行になりましたがその行程の一つとしてオプショナルツアーにて竹富島で自由散策をしたと言う事でその事を書かせて頂こうと思います。今回の旅行はおひとり様の旅行ですが、レンタカーなしでの旅行ですので参考になればと言う思いがあります。

前回の記事はこちらになります。

fuuga-no-esugata.hatenablog.com

徒歩での竹富島の集落の観光が始まりました

竹富島の水牛車観光が終わってからは、竹富港に向かう送迎車の時間までの間は竹富島での自由散策に向かう事になりました。水牛車とは視点が異なりますが徒歩での視点で竹富島の集落を時間が許される範囲で観光をする事にしました。

竹富島の集落の民家は子供の身長程度の石垣で囲われていますが、その事で白砂の道から建物までの距離が保たれていて、プライバシーにも一定の配慮が持たれている状態になっています。観光客は白砂の道から民家等の建物を撮影する事が可能です。まずは水牛車観光でも訪問をした東集落に向かう事にしました。

竹富島の伝統建築の東屋になります

散策していると竹富島の伝統建築の東屋が見えてまいりました。東屋の一つを取っても景観に配慮されている建物になっているのが魅力的です。時間の関係上、こちらの東屋に入って座る事はありませんでした。

実際の滞在時間で1分も掛からない状態でしたが、撮影して写真のデータを残す事だけでも記憶に残りますので良い物を見る事が出来ました。天候も何とか持っていて青空の下での竹富島の散策開始になりました。

西塘御嶽に到着しました

西塘御嶽は、竹富島における最も重要な聖地の一つであり、島の歴史・信仰・社会構造を理解する上で欠かす事の出来ない存在です。御嶽(うたき)とは、沖縄に広く見られる祭祀空間であり、神々が降臨する場所として古くから崇拝されています。

御嶽は本土の神社とは異なり、必ずしも建築物を中心とした宗教施設ではなく、むしろ自然その物、森、岩、泉等が神の依代(よりしろ)とされる点に特徴があります。琉球列島における信仰は、祖先崇拝と自然崇拝が融合した形を取っており、御嶽はその中心的な舞台になっています。女性神職であるノロやツカサと呼ばれる祭祀者が儀式を執り行い、共同体の安寧や豊穣、航海安全等を祈願しています。このような宗教観の中で、西塘御嶽は竹富島の精神的中核として位置付けられています。

竹富島の守り神が祀られています

西塘御嶽の成立には、西塘と言う人物が深く関わっているとされています。西塘は竹富島の伝承に登場する英雄的存在であり、島の発展や秩序の確立に寄与した人物として語り継がれています。伝説によれば、西塘は島の統治や農業の発展に尽力し、その功績から死後に神格化されたとされます。そして彼を祀る場所として整備されたのが西塘御嶽になります。

また、竹富島はかつて琉球王国の支配下にあり、八重山地域は重要な交易・行政拠点になっていました。その中で、御嶽は単なる宗教施設ではなく、政治的・社会的秩序を支える役割も担っていました。西塘御嶽も例外ではなく、島の統合を象徴する場所として機能していたと考えられます。

鳥居には歴史を感じさせられる物も

西塘御嶽の鳥居には出征記念と刻まれています。出征、戦争に行かれると言う事ですので、こちらの鳥居が出来たのは戦時中であろうですので80年以上前の物になりますが、このような所で戦争に関しての記録が見られるとも思わずで印象に深く残りました。

地元の伝説上の英雄や自然を祀っている御嶽でも、戦時中には出征と言う戦争の色が出ていた所も感じさせられるのでしょうか。出征した方は西塘のような英雄にあやかって戦争が終わったら無事に竹富島に戻りたいと願われての鳥居の建立をされたのかもしれません。

西塘御嶽の拝所になります

西塘御嶽は、鬱蒼とした樹木に囲まれた神聖な空間として構成されています。入口には石垣や簡素な門が設けられ、その内側は外界とは切り離された静寂の領域となっています。
御嶽内部には、イビ(御神体が宿るとされる場所)が存在し、ここが最も神聖な中心になっています。イビは一般的に立ち入りが厳しく制限されており、祭祀関係者以外は近づく事が不可能です。

また、御嶽内には拝所(うがんじゅ)と呼ばれる祈願の場が設けられており、ここで参拝者は祈りを捧げています。建築物としては非常に簡素であり、人工的な構造物は最小限に抑えられています。この点は、自然その物を神聖視する琉球信仰の特徴を良く表しています。

御嶽全体が森として機能している為、外部からの視線や音が遮断されていて、精神的な集中を促す環境が整えられています。こうした空間設計は、意図的というよりも長い歴史の中で形成された結果でそのようになっています。

鐘楼も置かれていました

御嶽の建築物としては質素で最低限度の物ですが、鐘楼が作られていました。気候的な事もあってなのか釣り鐘が床面に置かれている状態ですが、儀式の時には釣り鐘として機能されているのかなと思われます。鐘楼の構造も本州の物と似ていながらも屋根の部分が竹富島特有の赤瓦の物になっていたのが印象として深いです。

西塘御嶽は、単なる宗教施設ではなく、竹富島の社会構造と密接に関わっています。島の各集落や家系は、それぞれ特定の御嶽や祭祀に関与しており、役割分担が明確に存在しています。

また、御嶽は意思決定の場としても機能して来ました。重要な問題が発生した際には、神意を伺う形で判断が下されることもあって、宗教と政治が密接に結びついていた事が伺えます。

水牛車観光の時に通り過ぎた飲食店になります

西塘御嶽から東の方に歩いて行くと、水牛車観光の時に御者の方に教えて頂いた飲食店の前を通る事になりました。建物自体は新しいのですが、竹富島の伝統建築の形式で建てられていて、周囲の景観に溶け込んでいます。

私がこちらの場所に通りがかった時には丁度、ランチの営業が終わられていて準備中の状態でしたので建物の外観のみを見て撮影する事に留めました。それにしてもお洒落な建物になっていて時間が合えば食事したかったです。正月の準備の面で門松が置かれている所がそれらしいのかなと感じました。

建物の雰囲気がお洒落です

飲食店の建物の窓の所を石垣の外側から撮影していますが、石垣の外側と内側の両方に植物が植えられていてお洒落な雰囲気になっています。石垣の上にはシーサーも飾られていてこちらの場所が沖縄県であると言うのが感じさせられました。

飲食店に建物の一部の風景ですが、本当に良い立地の建物になっています。建物の風景を撮影しただけではありますが南国情緒が強く出ていてその点が素晴らしいです。木造建築で窓も昔ながらの形になっているのですがそう言った物を再現されている所が好意的に感じました。

窓からはブーゲンビリアの姿が見えるようになっています

飲食店の建物の石垣の内部からはブーゲンビリアが植えられています。ブーゲンビリアの色が付いている花の部分が色鮮やかで美しいです。このような飲食店で窓側の席に座るようになるのであれば、風景を楽しみながら食事をする事が出来るなと思いました。

赤瓦の屋根に木造りの壁面の組み合わせが竹富島の伝統建築の様式ですが、様式を守りながらも新しい建物になっているのが良い所に感じました。建物を新しくする場合でも伝統建築の洋式を守っている所が景観に配慮されていてその考えが良いです。

散策は続いて行きます

飲食店の建物を見てからは東集落の他の建物を見る事にしました。こちらの建物は赤瓦の屋根の建物ではなく、さらに言えば煉瓦造りの建物ですが周囲には石垣の囲いがあります。建物の窓の部分が扉が閉められていて、入口側も扉が殆ど閉まっている状態です。

壁面には蔦のような植物が絡まっていて南国リゾートらしい見た目になっています。民家とは建物の形が明らかに違いますが、どのような用途の建物であるのか気になります。住居ではないとして倉庫であるのか他の用途であるのか気になると言われると気になる物です。

伝統的な景観が守られている町並みが素敵です

赤瓦の屋根に木造りの壁面、石垣の囲いがある竹富島の町並みを進んでいますが、自然が豊富で白砂の道で整備されていて伝統的な景観が守られている町並みが本当に素敵に感じました。数年前まではこのような風景の実際に見る事が夢のまた夢と思っていただけに、そう言った物が実際に見られたのが良かったです。

都会の街並みの便利な環境も良いですが、自然と共に生きる姿も見ていて美しいです。石垣の囲いの中に椰子の木がありますが、それが南国リゾートの風景を作り出しています。石垣の外側にはブーゲンビリアであるのか蔓性の植物の姿も見えています。

南国リゾートらしい風景です

石垣の囲いのある建物が南国リゾート、特に竹富島の集落の風景でしょうか。石垣は見た目に対して風通しが良くて、台風の時期でも適度に風の力が弱められて自然災害からも守っています。まさに自然環境との共存が出来ていると言う感じでしょうか。

石垣の囲いの高さが高過ぎず低過ぎずな所もまた良いです。建物の姿が見えながらも適度にプライバシーを保たれているので、この点では観光客との共存が出来ていて見た目と機能性の両方が活かされているのがありました。植物も見た目のお洒落さと防風林の役目と両方持っているので、自然の力を活かした町作りがされているように感じました。

八重山諸島ならではの花が咲いています

八重山諸島に咲いている植物はブーゲンビリアが有名ですが、ブーゲンビリア以外にも本州では見られない種類の植物が咲いています。冬であると言う時期的な面があって花が少ない時期ですが、少ない数ではありますが、南国情緒溢れる花が咲いている形になっています。

竹富島の集落の石垣の内側、時には石垣の外側からではありますが、所々から花が咲いていて通りがかった観光客に癒しの風景を与えているであろうと感じさせられます。旅行での撮影ですので意識的に花のみを撮影している形ではありませんが、撮影した花の写真が魅力的に感じました。

サボテンも美しいです

竹富島にもサボテンが生育しています。サボテンの彩度の高さが一般的に販売されている物と違っていて生き生きとしているように感じましたでしょうか。葉の棘の部分も写真で表現出来ていますが、水資源が限られている竹富島でもサボテンであれば十分に生育出来る植物であるのかなと思いました。

色鮮やかな南国リゾートの植物を見ながら、東集落を散策していましたが、次は西集落に向かって歩いて行く事になりました。集落の道は碁盤の目のような道になっていて位置関係の把握がしやすかったですが、水牛車が通られる道を渡って西集落側に向かう事にしました。竹富観光センターの水牛車は基本的には東集落を進んで行きますので、西集落の風景はまだ見ていませんが今からでも楽しみになっています。

次回の記事はこちらになります。

fuuga-no-esugata.hatenablog.com

最後までお読み頂き有り難うございます。

「風雅乃絵姿〜時代衣装変身体験と女一人旅〜」では、時代衣装や民族衣装の衣装体験・変身体験の為の情報や、女性の一人旅での旅行記を綴っています。

興味のある方は読者登録をお願いいたします。

ご一緒に衣装体験や変身体験、女性の一人旅の趣味の世界を楽しんで行きましょう。